子ども達は悪くない

先日、ふとしたきっかけで思い出した
過去の消化しきれていない感情。

気持ちを整理しているうちに
段々と怒りに変わってしまいました。

ちょっと吐き出させてもらいます。

子ども達が学校に行けなくなった当初、
子ども達に対しても
私に対しても
いろんな方から
いろんな話をされました。

心配してもらったり
あーしたらいい
こうしたらいい
と対策を提案してもらったり
子育ての仕方に苦言をされた事もありました。

私達を思っての事だと理解しつつも
なぜ、そういった話を私にするのかが、
ずっとどこかに引っかかっていました。

当時は親子揃って弱っていたし
みんなとは違うと言う、
妙なうしろめたさがあって、
反論する事もできず
その感情は見ないようにしていました。

ただ、家では、
子ども達に自信を失ってほしくなくて

『貴方達は何も悪いことをしていない。
 いずれこの時間が役に立つ時がくる。
 何も自分を責める必要はない。』 

と、伝えてはいましたが

自分の言葉への不安を
必死に抑えながらのことでした。

だけど、今なら言える。

うちの子達は何も悪いことをしていない。
むしろ困っていた方。

サボりたくて行かなかったんじゃない。
行きたくても行けなかった。

行けない自分をずっと責めてたし
どうすれば良いのかと苦しんでた。

学校に行く努力をしても苦しくて
助けてくれる先生に応えられない
行けない自分を責めてた。

長男は納得できない先生に対して
手紙で意見を伝えたけれど
何の返答もなかった。
向き合ってもくれなかった。

居場所を無くして
困っているのは子ども達なのに

不安と戦っているのも 
友達を作る機会を奪われたのも、
子ども達なのに

文句を言わず
(むしろ自分を責めていて)
必死に頑張っているのに、

なぜ、子ども達に改善を求められるのか。

改善するべきは
学校側であり、
自治体であり、
政治です。

先生を責めるとか
学校を責めるとか
そう言う話じゃなくて。

善悪を話したいのではなくて。

ただ、叫びたい。

子ども達は何も悪くない。
不登校の子達は何も悪くない。
お母さんも悪くない。

この世に産まれてきた大切な命。

人生において、
たった数年間の学校に行けないだけで

同じ年齢で過ごすと言う、
とても特殊な環境が合わないだけで、

自信を失う必要はひとつもない。
自分を責める必要はひとつもない。

ここ数年で、
理解してくださる方々もとても増えたけれど

それでも苦しんでいる
親子さんは沢山いて。

どうか自分を責めないで欲しい。
貴方が悪いわけじゃない。

これからは、
自信をもって
そう伝えていこうと思う。


SATO LIFE to omogaeru

自然が教えてくれるコト・里山作りのお手伝い・自分なりの生き方、学びのカタチ

0コメント

  • 1000 / 1000