どうしようもない事が、私の見える世界を変えてくれたはなし

我が家の子ども達は学校に行っていません。


とても感受性が豊かです。人の心の動きや感情にとても敏感です。


子ども達が小さい頃からなんとなくそれは感じていました。アニメを見ていても、失敗からの成功…なんて流れはよくある話ですが、その失敗を見ていられないんです。”おさるのジョージ”という子ども番組も、ある時から『これ、嫌やねん。見たくない』と言いだしました。私は子どもに安心して見せられるアニメと思っていたので、何が嫌なのか、最初はさっぱりわかりませんでした。いろいろと気持ちを聞いていくと、どうやら、ジョージが失敗する事が目に見えているのに、どんどんと失敗の道にはまっていく状況を、心配と不安で見ていられない、しんどい…と感じていたようです。かと思うと、ひつじのショーンや、ピングーなんかは、設定?が非現実すぎるのか、よく笑ってみていました。この微妙な違いは…、今もわかりません(笑)


そんな子ども達は、世の中に対して、かなりの不信感・恐怖心を持っています。子ども達は、テレビの世界=世の中だと思っているからです。


確かに、テレビの世界は世の中の一部です。なので、私としては、子ども達の思いもわかっていたつもりだったのですが、どうやら、その不信感や恐怖感は私の想像とは何かが違っているようです。


子ども達は、ニュースを見ることが嫌いです。悪いニュースがほとんどだからです。ニュースを見ていると、この世は数年後には悪で満たされるのではないか?自分たちは生きていけるのか?生きていても良いのか?ぐらいな勢いで苦しくなるようです。戦争や、環境、エネルギー、少子化、子育て、不登校…、自分達の未来は暗闇にしか感じられないようです。『大人は一体何をしているの?』『政治家は一体何をしてるの?』と、よく怒っています。


テレビ番組も同じです。私が好きなNHKの『鶴瓶の家族に乾杯』とか、『ブラタモリ』『サラメシ』なんかは一緒に見て楽しんでいます。『吉本新喜劇』も好きです。お笑いやら、ドキュメンタリー的なのは見ますが、作られたバラエティ番組なんかは、過剰に演出されていて、あまり好きではありません。『妙に煽る効果音が嫌だ』『嫌な気持ちになる』『不安になる』と、言っています。


私は、このような子ども達の敏感さに、以前は『気にしすぎだよ』『そのうち慣れるよ』『世の中、そんなものだよ、適当に流せばいいよ。大丈夫だよ。』と、軽く流していました。感受性が高かったり、世の中に対して不信感を持つのは、”子どもだから”とか、”思春期だから”と軽く思っていたからです。


でも、我が家の子ども達を見ていると、だんだんと、どうやらそれだけではいけない気がしてきたのです。『世の中そんなものだよ。大丈夫だよ。』という言葉だけでは、子ども達に全く響いていないのは、見ていて感じていたからです。言い続けていても、なんの効果もありませんでした。


子ども達は、ニュース等を通して、社会や自分たちの将来に不安を感じて苦しんでいるのに、その不安に対して何の対策をせずに、『気にするな、大丈夫だよ。』と伝えるのは、道具も持たずに『空を飛んでも怖く無いよ、大丈夫』と、言っているようなものかもしれないなぁ〜と、感じるようになりました。


今は、ニュースを見ないようにしています。テレビも見たいもの以外はつけません。何かを見たい時は、Youtubeをテレビ画面に繋いで、家族で”楽しい”ものや”好きなもの”を探してみんなで見ています。


そして、私は、SNSやネットでいろんな情報を探しています。嫌な情報もたくさんあるけれど、それはスルー。テレビのニュースにはならないけれど、世の中が今よりも幸せなものになるように、頑張っている人達の考え方や、行動している事をとにかく知るようにしています。そして、それを子ども達に伝えるようにしています。家族のLINEでその情報を共有したりしています。そして、声をかけています。『あのコラム読んだ?』読んでくれたり、読んでくれなかったり、いろいろですが、情報を選ぶのは子ども達です。私は、ただ、良いと思ったものを提供するだけです。


ノートに相手の素敵な所を書いて、相手へ渡す。その人はまた別の人へ…。人から人へ素敵な所を探す事を広げようとしている人がいるよ。


オランダでは、子ども達が発表する機会が多いけれど、完成度はとても低いらしいよ。それは関係ないんだって。みんなで褒めるんだって。完成させる事よりも、挑戦する事を評価するんだって。


『世の中にはいろんな価値観や考え方があるんだよ。』『ニュースは”特別な事”だから、ニュースになるのであって、世の中の大半は良い人だし、良い事もあるんだよ。』『今も、これからも、インターネットで世界と繋がれるから、自分のやりたい事を、工夫しながらいくらでもやれるようになるんだよ。』等、具体的に、不安を取り除ける情報を伝えるようにしています。


とにかく、

未来は明るい!と伝えたい。

と、強く思うようになりました。


子ども達が、いわゆる”普通”に生きる事が辛いと感じて、動けなくならなければ、私はこのような事を考える事もなく、行動をする事もなかったと思います。”なんで、うちはこんな状況なんだろう…。”と、苦しく思う日は時々あります(笑)でも、それは、きっと、どんな家庭でも大なり小なり、子育てをしていたら悩む事だと思います。


そんな中で、子ども達のためにと思ってたくさんの情報を探したり、話を聞きに行ったりしているうちに、結果的には、私自身の価値観が大きく変わり、未来を明るいと思えるようにもなりました。私自身の世界観が変わったのです。


私は、子ども達の事を通して、最初は、社会が変わる事を切に願っていました。でも、結果的には”自分が”変わっています。そして、その事で、見える世界も違ってきました。


不思議です。社会は変わっていないけれど(変わっている部分もありますが)自分が変わってきた事で、社会に対する捉え方が変わったのです。子ども達のおかげです。”学校へ行けない”という、どうしようもない状況になった事で、私やパパさんの価値観を大きく変えて、人生も変えてくれました。


自分が変われば世界が変わる。


未来は明るいです。


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